『火の鳥』を何十年ぶりに全巻読了した感想|子どもの頃には分からなかった手塚治虫先生の凄さ

火の鳥

こんにちは。coreyです(^O^)

先月、ようやく『火の鳥』を最後まで読み終えました。

実は『火の鳥』との出会いは、小学生の頃までさかのぼります。

当時、叔母に借りて途中まで読んでいたのですが、子どもの私には難しく、物語の細かな内容はほとんど忘れてしまいました。

それでも、何十年経った今でも忘れられなかった場面があります。

火事の中、ようやく火の鳥のもとへたどり着いた主人公が、火の鳥の血を求めながらも、すでに血が一滴も残っていなかったことを知り絶望する場面です。

子ども心にも、その場面だけは強烈に焼き付いていました。

そして先月、何十年ぶりに『火の鳥』を最後まで読み終えたことで、この作品がなぜ今なお語り継がれているのか、少し分かったような気がします。

一番心に残ったのは『異形篇』

全編を通して特に印象に残ったのは『異形篇』でした。

短い物語ながら、人は罪を背負いながらも変わることができるのか、運命は本当に変えられないものなのかを深く考えさせられました。

男として育てられた主人公の苦悩も印象的で、どこか『リボンの騎士』のサファイアを思い出すような部分もありました。

物語が進むにつれて主人公の心が少しずつ変化していく姿に引き込まれ、読み終えたあともしばらく余韻が残りました。

圧倒された『太陽篇』

一方で、壮大なスケールに圧倒されたのが『太陽篇』です。

過去と未来を行き来しながら、生まれ変わりを繰り返す人々の姿が描かれ、まるで一つの長い歴史を見ているようでした。

特に興味深かったのは、仏教そのものではなく、「仏教が日本に広がっていく時代の人々の葛藤」が描かれていたことです。

私は昔、『ブッダ』も最後まで読んでいます。

その時は仏教そのものに感銘を受けましたが、『火の鳥』ではまったく違う視点から時代や人間が描かれていて、手塚治虫先生の視野の広さには思わず唸りました。

大人になって初めて分かった作品

最近、『鉄腕アトム』も初めて最後まで読みました。

もちろん歴史に残る名作であることは理解できますが、正直なところ、現代の感覚では古さを感じる部分も少なくありませんでした。

一方で、『火の鳥』は違いました。

描かれているテーマが「生」「死」「宗教」「権力」「人間の業」といった普遍的なものだからでしょうか。

何十年経った今でも、まったく色褪せることなく心に響きました。

まとめ

子どもの頃には難しく感じていた『火の鳥』。

だからこそ、大人になってからもう一度読めて本当に良かったと思います。

一番好きだったのは『異形篇』。

そして作品全体の壮大さを感じたのは『太陽篇』でした。

読み終えた今でも、「生きるとは何か」「人は変われるのか」という問いが心に残っています。

『火の鳥』は、答えを教えてくれる作品というより、人生を通して何度でも読み返したくなる作品なのかもしれません。

だから私は、これからも折に触れて読み返していきたいと思います。

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